故事成語一覧
中国の故事に由来する歴史ある表現。50音順に収録しています。
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青は藍より出でて藍より青し
あおはあいよりいでてあいよりあおし
弟子が師匠を超えること。後から育ったものが元のものを凌ぐことを指す。
一諾千金
いちだくせんきん
一度した約束は必ず守ること。一度の承諾が千金に値するほど重みがあることを指す。
一気呵成
いっきかせい
作業の流れを途中で切らず、ひと続きの勢いで文章や仕事を仕上げること。もともとは詩文を作り上げる場面に強く結び付くが、今は脚本、企画、改革など、まとまった仕事を完成まで進める場合にも使う。「数が一気に増える」の「一気」と同じく、ひと息にという感覚はある。しかし「一気呵成」は、量が増える自然な変化ではなく、作り手が取り組みを成し遂げる場面に選ぶ語である。急いで雑に終えることを褒める意味ではない。構想や下準備を済ませた後に執筆を一気呵成に進める、と言えば、準備から完成へ流れがつながった印象になる。単に同時に処理するなら「一斉に」、流麗に進む様子なら「一瀉千里」と使い分ける。
一将功成りて万骨枯る
いっしょうこうなりてばんこつかる
一人の将軍が功績を立てる陰には、多くの兵士が命を落としているということ。栄光の裏には無数の犠牲があることを指す。
韋編三絶
いへんさんぜつ
書物を繰り返し熱心に読むこと。何度も読み返すほど本への情熱が深いことを指す。
殷鑑遠からず
いんかんとおからず
他人の失敗は自分への戒めとなる。手本とすべき悪い前例は身近なところにあるということ。
烏合の衆
うごのしゅう
規律も統制もなく、ただ無秩序に寄り集まっているだけの集団のこと。烏(からす)が無計画に群れをなすように、共通の意思や指揮系統を持たない人々の集まりを指す。個々に力があっても組織として機能しないため、まとまった行動を取れず、外部からの圧力に対してすぐに瓦解してしまう。軍事・政治・企業組織など、統率の欠けた集団を批判したり、組織の弱体化を表現したりする際に幅広く用いられる。
隗より始めよ
かいよりはじめよ
何事も手近なところから始めよということ。改革や計画は、まず自分自身や身近なことから着手すべきという教え。
肝胆相照らす
かんたんあいてらす
互いに心の奥底まで打ち明け合い、深く理解し合うこと。腹を割って話せる真に親密な関係を指す。
完璧
かんぺき
欠点や不足がまったくなく、すべてが整っていること。傷一つない完全な状態を指す。仕上がり・出来栄え・実力などが申し分ない状態に使われる。「完璧なプレゼン」「完璧に仕上がった」のように日常語として広く定着しているが、もとは中国の外交術にまつわる故事から転じた語で、「宝玉を完全な形で返す」という意味が起源にある。
管鮑の交わり
かんぽうのまじわり
非常に深く固い友情のこと。利害を超えた真心からの厚い友情を指す。
臥龍
がりょう
まだ世に出ていないが、いずれ大活躍するに違いない人物のこと。潜在的な力を秘めた人物・英雄を指す。
臥龍鳳雛
がりょうほうすう
まだ世に知られていないが将来大成するであろう優れた人物のこと。隠れた逸材・英才を指す。
驥足を展ばす
きそくをのばす
優れた才能や能力を十分に発揮すること。隠れていた能力が存分に発揮される機会を得ることを指す。
杞憂
きゆう
心配する必要がないと判断できることを、あれこれ心配する取り越し苦労のこと。中心にあるのは、単に不安を感じることではなく、心配の根拠が乏しいか、心配する理由がなかったと分かることである。だから、まだ安全確認が済んでいない事柄や、備えを要する具体的な危険を、根拠を確かめずに「杞憂」と片付けるのは合わない。事態が落ち着いた後には、「杞憂に終わった」「心配は杞憂だった」と振り返る形でもよく使う。日常の軽い心配なら「取り越し苦労」、起こる可能性を慎重に述べるなら「懸念」と使い分けたい。人の心配を一言で退けるより、何が確認できたら安心できるかを確かめるほうが、この語の重さを誤らない。
漁夫の利
ぎょふのり
二者が争っている間に、第三者が苦労せずに利益を得ること。他人の争いを利用して、自分が得をすることを指す。争っている両者がともに消耗する一方で、傍観していた第三者が最終的な勝利者になるという状況に使う。ビジネスや政治・外交の戦略的な文脈でもよく引用され、漁夫の利を狙う第三者の戦略を批判または分析するときに使われる。
鶏口牛後
けいこうぎゅうご
大きな組織の末端にいるより、小さな組織でも長となった方がよいということ。大集団の末端より小集団の首領の方が本来の力を発揮できる。
蛍雪の功
けいせつのこう
苦労して勉学に励んだ努力や成果のこと。貧しい境遇の中でも懸命に学問をすることを指す。
鶏鳴狗盗
けいめいくとう
つまらない技や卑しい技でも、時と場合によっては役に立つということ。また、人の役に立つ小技・特技を持つ人物を指すこともある。
鶏肋
けいろく
大して役に立たないが、捨てるには惜しいもののこと。やめるに惜しいが続けても大した成果が得られないことを指す。
捲土重来
けんどちょうらい
一度敗れた人や組織が、力を立て直して、再び勝負に出ること。試験、選挙、競技、事業のように、失敗と再挑戦の相手がはっきりした場面に合う。「捲土重来を期す」は、まだ成功していない段階で、巻き返す準備と決意を示す言い方である。反対に、望ましくない流行や問題が再び勢いを得ることにも使え、その場合は警戒する側の言葉になる。内に力をためて機を待つだけなら「雌伏」、もう一度勝負に戻るところまで言うなら「捲土重来」である。小さな遅れを取り返すだけなら「挽回」のほうが自然である。
逆鱗に触れる
げきりんにふれる
目上の人や権力者の激しい怒りを買うこと。君主や上位者の機嫌を大きく損ねることを指す。
股肱の臣
ここうのしん
主君や上位者が最も信頼し、頼りにする忠実な家臣や部下のこと。腹心の部下を指す。
股掌の上
こしょうのうえ
相手が思い通りに操られている状態のこと。自分の手の中で相手を自由に操れる状況を指す。
呉越同舟
ごえつどうしゅう
仲の悪い者同士が、同じ場所や境遇に置かれること。また、利害が一致すれば敵同士も協力し合うことを指す。
五十歩百歩
ごじっぽひゃっぽ
差はあっても本質的には同じであること。程度の違いがあっても、どちらも同じような欠点や問題を抱えており、本質的な差はないことを指す。一方が他方を批判しても「お互い様だ」と返せる状況に使う。自他を問わず「どっちも五十歩百歩だ」と言いたいときに使われ、批判や揶揄のニュアンスを含むことが多い。表面的な差異に意味がないと示したいときに有効な表現。
塞翁が馬
さいおうがうま
人生の幸不幸は予測できないということ。一見不幸に見えることが後で幸運につながったり、幸運だと思ったことが不幸の原因になったりすること。物事の結果を早急に判断することへの戒めとして使われ、長い目で見ることの大切さを含意する。「人間万事塞翁が馬」と長い形でも使われ、悲喜こもごもの人生観を端的に表す。過剰な喜びや悲嘆を戒める言葉でもある。
三顧の礼
さんこのれい
優れた人材を招くために、目上の者が礼を尽くして何度も足を運ぶこと。また、そのような礼を受けた側が感激して誠心誠意仕える姿勢を指す場合もある。現代では主に、会社や組織が人材を熱心に迎え入れる際の礼遇を表す言葉として広く使われており、三国志の故事は時代を超えてリーダーシップと人材活用の手本となっている。
四面楚歌
しめんそか
周囲をすべて敵に囲まれ、孤立無援の状態であること。味方が誰もいない、完全に追い詰められた状況を指す。ビジネスや政治の場では、反対者や批判者に四方から囲まれた状態の比喩として使われる。支持者が誰もいなくなった窮地を表すほか、自分の意見や立場が全方向から否定され、身の置き場がなくなった状況にも用いられる。
朱に交われば赤くなる
しゅにまじわればあかくなる
人は交わる相手や環境によって善にも悪にも変わるということ。悪い仲間や環境に染まってしまうことを戒める言葉。
焦眉の急
しょうびのきゅう
眉毛が焦げるほど差し迫った危急の事態のこと。一刻の猶予もない緊急の状況を指す。
自縄自縛
じじょうじばく
自分の言葉や行動が原因となって、自分自身が苦しい立場や束縛された状態に陥ること。まるで自分で縄を縛って自分を動けなくしてしまうように、自ら招いた制約に苦しむ様を表す四字熟語。過去の発言・主張・ルールが後から自分の行動の自由を奪う状況を指し、政治・ビジネス・日常の言動全般に広く使われる。自業自得の中でも特に「言動が自分を縛る」という構図に焦点を当てた表現。
推敲
すいこう
詩文や文章を何度も練り直し、一語一語を吟味しながら最良の表現を追求すること。「推す」か「敲く」かという二語の選択に苦悩した詩人の故事から生まれた言葉で、今日では文章全般の校正・リライト・表現の磨き上げを広く指す。賈島と韓愈の故事が示すように、言葉一語への真摯な向き合い方は書くことへの誠実な姿勢そのものを体現する行為でもある。
切磋琢磨
せっさたくま
学問、技術、人格などを、手を抜かず丁寧に磨き上げること。また、同じ目標を持つ人どうしが、互いの学びや仕事を見せ合い、励ましや批評、ほどよい競争を通じて高め合うこと。仲良く協力するだけではなく、より良いものへ磨き上げる緊張感を含む。一人の努力についても使えるが、仲間との往復を強く表したいときは「切磋琢磨し合う」とすると伝わりやすい。勝敗だけを争うなら「しのぎを削る」、一人で専門性を深めることを端的に言うなら「研鑽を積む」が近い。同期、部活動の仲間、共同研究の仲間のように、近い立場で学び合う関係に置くと、互いに高め合う意味がよく出る。
先憂後楽
せんゆうこうらく
人より先に心配し、人より遅れて楽しむこと。指導者・為政者は民より先に憂い、民が楽しんだ後に自分が楽しむべきだという精神を指す。
糟糠の妻
そうこうのつま
貧しく苦しい時代をともに過ごした妻のこと。夫が出世したり豊かになったりしたあとも、苦労を分かち合った妻への深い敬意と感謝の念を込めて使う言葉。「糟糠」とはもみがら(糟)と糠(ぬか)のことで、粗末な食事の象徴。どれほど状況が変わっても、苦難を共に生き抜いた妻を大切にすべきという教えを含む、中国後漢の故事に由来する表現。貧苦を共にした妻への義理と愛情の象徴として現代でも使われる。
泰山鴻毛
たいざんこうもう
死の重さには大きな違いがあるということ。国家や正義のために死ぬのは泰山より重く、無駄に死ぬのは鴻毛(ガンの羽毛)より軽いという考えを表す。
他山の石
たざんのいし
他の山から採れたつまらない石でも、玉を磨くのに役立てることができる。転じて、他人の過ちや欠点も自分の修養・向上の参考になるということ。悪い例からも学べるという教えで、他人の失敗を反面教師とする姿勢を表す。ただし本来の意味は「他人の言動や意見を自分の向上に役立てる」という中立的なものでもある。自分の向上に役立てるという中立的なニュアンスも持ち、反面教師よりもやや広い文脈で使える語。
蛇足
だそく
本来不要なのに余計な付け足しをすること。なくても一向に支障がないのに加えてしまった余分なもの、あるいはその行為を指す。文章・発言・工程設計など、蛇に足を描くことでかえって完成度や本来の価値を損なう場面に広く使われる。余分を削ることで本来の輝きが戻るという逆説的な教訓を示す言葉でもあり、補足に「蛇足ながら」と断る慣用表現としても広く定着している。
断腸の思い
だんちょうのおもい
胸が痛むというだけでは足りない、身を裂かれるほど深く悲しく苦しい思い。大切な人との別れ、守りたかったものを断念する場面など、取り返しのつかない喪失を強く表す。悔しさや怒りが中心なら「痛恨」や「切歯扼腕」のほうが近く、日常の小さな失望には重すぎる。「断腸の思いで〜を手放す」の形では、手放す決断そのものに大きな痛みがあることを伝えられる。他人の苦しみを評するときは、安易に大きな語を当てず、本人の状況に見合うか慎重に選びたい。
竹馬の友
ちくばのとも
幼いころから一緒に遊んで育った古い友人のこと。子供の時からの親友を指す。
朝三暮四
ちょうさんぼし
目先の違いにこだわって、結果が同じであることに気づかないこと。また、言葉巧みに人を騙すこと。
天高く馬肥ゆる秋
てんたかくうまこゆるあき
秋の空が高く澄み渡り、馬も肥えて元気になるような清々しい季節の形容。もとは秋の北方騎馬民族の侵攻を警戒する言葉だったが、転じて秋の清爽な気候を表す。
登竜門
とうりゅうもん
ある分野で次の舞台へ進むための、よく知られた難関や入口のこと。難しい試験や選考であっても、通過後に活動の場や評価の機会が大きく開ける場合に「〜への登竜門」と言う。単に手続きが面倒、競争率が高いというだけの障害には使いにくい。たとえば新人賞が出版の機会につながる、代表選考が上の大会への道を開く、といった関係を表すのに向く。「登竜門とされる」「〜への登竜門」の形で、突破した人を過度に成功者扱いせず、これから挑戦する入口だと示せる。すでに専門家として認められた後の栄誉なら「到達点」や「勲章」のほうが近い。
虎の威を借る狐
とらのいをかるきつね
権力者の威光を背景に威張ること。実力のない者が強い者の権威を借りて他者を威圧することを指す。
名を惜しむ
なをおしむ
自分の名誉や評判を大切にすること。体裁や面目を傷つけることを極度に嫌がることを指す。
背水の陣
はいすいのじん
退路を断ち、後がない状況で全力を尽くすこと。川や海を背に陣を構え、逃げ場をなくすことで兵士を死力で戦わせた中国の軍事戦術が起源。「後がない状況に追い込まれた」という受動的な意味と、「自ら退路を閉じて覚悟を固めた」という能動的な意味の両面を持つ。単なる窮地の描写にとどまらず、決意の表明としても広く使われる。
破竹の勢い
はちくのいきおい
竹を割るように一気に進む止めがたい勢いのこと。物事が次々と勢いよく進んでいく様子を指す。
馬脚を現す
ばきゃくをあらわす
隠していた本性や悪事・失敗が暴露されること。化けの皮がはがれて正体が明らかになることを指す。
瓢箪から駒
ひょうたんからこま
冗談や思いがけないところから、本当のことや予想外のものが生まれること。ありえないことが実際に起こることを指す。
覆水盆に返らず
ふくすいぼんにかえらず
器からこぼれた水は二度とその器に戻せないように、一度起きてしまったことはどれほど悔やんでも元の状態に戻すことができないということ。過去の失言・別れ・失敗・壊れた信頼関係など取り返しのつかない事態に対して用いられる。後悔への戒めとして機能するとともに、過去に縛られず前を向くことを促す含意も持つ表現である。
刎頸の交わり
ふんけいのまじわり
首を刎ねられても後悔しないほどの、深く固い友情のこと。命を捨てても惜しくないほどの親密な交友関係を指す。
矛盾
むじゅん
二つの事柄が互いに食い違って、つじつまが合わないこと。論理的に両立しない主張や状況を指す。「矛盾している」「矛盾をはらむ」という形でもよく使われる。論理学では「ある命題とその否定が同時に成立しない」という意味を持つが、日常語では「辻褄が合わない」「前と言っていることが違う」という幅広い意味で使われる。
孟母三遷
もうぼさんせん
子どもの教育にとって、住む環境や学ぶ場所が人格形成に大きな影響を与えるということ。良い環境に身を置くことの重要性を説く故事から来た表現で、転居・学校選び・交友関係など「環境を選ぶ」という親の判断の意義を表す際に引用される。「孟母の教え」とも呼ばれ、子育てと教育は環境から始まるという普遍的な知恵を今に伝える。
約束は海よりも深し
やくそくはうみよりもふかし
一度した約束は海よりも深いほど重く、必ず守るべきものだということ。約束の大切さと重みを表す言葉。
羊頭狗肉
ようとうくにく
見せかけと実質が異なること。外見は立派でも内容が伴っていないことを指す。
竜頭蛇尾
りゅうとうだび
最初は勢いがよいが、終わりになるほど振るわなくなること。始めは大きく立派でも、終わりはみすぼらしくなる様子を指す。
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