瓢箪から駒
ひょうたんからこま
故事成語の意味
冗談や思いがけないところから、本当のことや予想外のものが生まれること。ありえないことが実際に起こることを指す。
故事の由来
「中国の故事から」と一口に言ってしまいたくなるが、『ことわざを知る辞典』の書き方はもっと慎重である。同辞典が挙げるのは中国の仙人・張果老の伝説で、ことわざの成立に影響しているらしい、という書き方をする。白いロバに乗って諸国を巡り、休むときはそのロバを瓢箪にしまっていたと伝わる人物である。日本では室町期以降、この仙人が画題として好まれ、瓢箪から馬が現れる図柄が広く知られるようになった。さらにその奥には、瓢箪の中に別世界があるという東アジアの古い伝承があり、孫悟空の物語や、『宇治拾遺物語』の雀の恩返しの説話ともつながるという。出典となる一篇の古典を挙げる書き方はしておらず、複数の伝承が重なった背景を示すにとどめている。「駒」については、実用日本語表現辞典が若馬のことだと説明し、瓢箪の小さな口から馬ほどのものが出てくるという荒唐無稽さを指摘している。用例は森瑤子『ホロスコープ物語』(1983年)、梅原猛『スーパー歌舞伎「オオクニヌシ」』(1997年)などが辞典に挙がる。
用例
- “瓢箪から駒で、冗談のつもりで提案したアイデアが採用された。”
- “瓢箪から駒のように、失敗作が思わぬヒット商品になった。”
- “まさに瓢箪から駒で、雑談から重要な事業のヒントが生まれた。”
類義の故事成語
対義の故事成語
英語訳
Something unexpected comes from an unlikely source; a pleasant surprise
使うシーン
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「瓢箪から駒」 — ことわざを知る辞典の語釈と、中国の仙人・張果老の伝説が影響しているとする解説(白いロバを瓢箪に収めた説話、室町時代からの絵画化、瓢箪の中の別世界という東アジアの伝承、孫悟空や『宇治拾遺物語』の説話との連なり)の確認。出典となる一篇の古典を挙げていないことの確認
- Weblio「瓢箪から駒」 — 実用日本語表現辞典の「『こま(駒)』は若馬のこと」という説明の確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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