棚からぼたもち
たなからぼたもち
ことわざの意味
努力をしたわけでも準備をしたわけでもないのに、棚の上から思いがけずぼたもちが落ちてくるように、突然予想外の幸運や利益が転がり込んでくること。偶然の幸運、いわゆる「棚ぼた」を表す表現。羨望や驚きを込めて使われることが多い。努力の結果ではない点が「果報は寝て待て」との本質的な違いであり、稀に自嘲や皮肉の文脈でも用いられる。
言葉の由来
由来として辞典が記すのは一つの情景である。『漢字ペディア』は、棚の下で寝ていたところへ牡丹餅が落ちてきて、そのまま口に入ったという意からと説く。文献にさかのぼれる古い例は『精選版 日本国語大辞典』が挙げる『譬喩尽』(1786年)の「棚から牡丹餠落したやうな」で、18世紀の後半には比喩として通用していたことがわかる。略して「たなぼた」「棚牡丹」と言う形も辞典に載る。なお『ことわざを知る辞典』は、この言い回しをひっくり返した「棚から牡丹餅は落ちてこない」「棚の牡丹餅も取らねば食えぬ」も併せて示す。幸運の側から見れば労せず手に入る話だが、戒めの側から見れば、待っているだけでは何も落ちてこないという話でもある。同じ一つの棚を、どちらから見上げるかの違いだ。
使い方の例
- “応募するつもりもなかった懸賞に名前が入っていた。まさに棚からぼたもちだ。”
- “同期が急病で休んで代わりに大きなプレゼンを任された。棚ぼたで昇進のきっかけになるとは思わなかった。”
- “以前気になっていた会社から突然スカウトのメールが来た。棚からぼたもちとはこのことだ。”
- “旅先で財布を落としたと思ったら後から出てきた。棚からぼたもちで助かった。”
- “解約しようと思っていたサービスが期間限定で無料になっていた。完全に棚ぼただ。”
似たことわざ
対のことわざ
英語の表現
A windfall; an unexpected stroke of luck or profit that comes without any effort.
使う場面
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- 漢字ペディア「棚から牡丹餅」 — 棚の下で寝転んでいたら牡丹餅が落ちてきて口に入ったという由来の情景と、「棚牡丹」と略す旨の確認
- コトバンク「棚から牡丹餅」 — 精選版が『譬喩尽』(1786)の「棚から牡丹餠落したやうな」を初出に挙げること、ことわざを知る辞典が裏返しの「棚から牡丹餅は落ちてこない」「棚の牡丹餅も取らねば食えぬ」を併記することの確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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関連することわざ
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かほうはねてまて
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瓢箪から駒
ひょうたんからこま
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