猿も木から落ちる
さるもきからおちる
ことわざの意味
その道に優れた者でも、時には失敗することがあるということ。木登りを本業とする猿でさえ木から落ちることがあるように、専門家・名人・熟練者でも例外なくミスをする。他者の失敗を責めない戒めとして使われるほか、ミスをした自分や身近な誰かを慰める言葉としても用いられる。完璧を過度に求めることへの戒めともなる。
言葉の由来
由来を書いた辞書は、確かめた範囲では見当たらない。ことわざの形そのものが説明のすべてで、『デジタル大辞泉』は「木登りがじょうずな猿でも時には誤って落ちる。その道にすぐれた者でも、時には失敗することがあるということのたとえ」とする。いつからあるかは用例でたどれる。『精選版 日本国語大辞典』が初出の実例に挙げるのは俳諧『鷹筑波』(1638年)の「猿(サル)も木から落(オツ)るたとへの木葉かな」で、江戸初期のこの句がすでに「たとへ」として詠み込んでいる。近代以降も遠藤周作『わたしが・棄てた・女』(1964年)などに出てくる。『ことわざを知る辞典』が類句に挙げるのは「弘法にも筆の誤り」「河童の川流れ」「上手の手から水が漏れる」など。どれも名人の失敗を言う点は同じだが、同辞典は「いつでもどれを使ってもよいわけではなく、相手との関係やその場の雰囲気など、状況に応じて使い分けるセンスが必要になります」と釘を刺している。ただし、どの語がどの場面に向くかの対応までは書かれていない。なお日本語版ウィクショナリーは、名人でも失敗するという読みに加えて「得意を鼻にかけ油断すると失敗する」という戒めの読みも載せている。
使い方の例
- “あの名医も誤診をすることがある。猿も木から落ちるというものだ。”
- “長年の経験を持つベテランがミスをした。猿も木から落ちるとはいえ、反省が必要だ。”
- “スポーツ選手でもミスは起きる。猿も木から落ちる、と温かく見守りたい。”
- “猿も木から落ちる。失敗したことを自分を責めすぎずに、次に活かそう。”
- “ベテランドライバーでも事故を起こすことがある。猿も木から落ちるのだから、油断は禁物だ。”
似たことわざ
対のことわざ
英語の表現
Even monkeys fall from trees; even experts make mistakes. Similar to "Homer sometimes nods" or "Even the best make errors."
使う場面
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「猿も木から落ちる」 — デジタル大辞泉の語釈全文と、精選版 日本国語大辞典が初出の実例に挙げる俳諧『鷹筑波』(1638年)「猿も木から落つるたとへの木葉かな」、遠藤周作『わたしが・棄てた・女』(1964年)の用例、類句の確認。由来の説明が無いことの確認
- Weblio「猿も木から落ちる」 — ウィクショナリーが名人の失敗に加えて「得意を鼻にかけ油断すると失敗する」という戒めの読みを載せていることの確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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関連することわざ
河童の川流れ
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弘法にも筆の誤り
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いそいではことをしそんじる
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