覆水盆に返らず
ふくすいぼんにかえらず
故事成語の意味
器からこぼれた水は二度とその器に戻せないように、一度起きてしまったことはどれほど悔やんでも元の状態に戻すことができないということ。過去の失言・別れ・失敗・壊れた信頼関係など取り返しのつかない事態に対して用いられる。後悔への戒めとして機能するとともに、過去に縛られず前を向くことを促す含意も持つ表現である。
故事の由来
中国の古典『拾遺記』などに記された、周の太公望(姜子牙)にまつわる故事に由来する。太公望は学問・釣りに明け暮れる夫の姿に愛想を尽かした妻・馬氏から離縁されたが、後に太公望は周の武王を補佐して殷を倒し、諸侯として栄えた。かつての妻はその栄達を聞いて復縁を求めに訪ねてきた。太公望は盆(鉢)に水を汲み、『この水を地面に流したものを、もう一度盆に戻してみよ』と言った。馬氏は泥水しか拾えず、太公望は『一度壊れた縁はもと通りにはならない』として復縁を断ったとされる。英語の It is no use crying over spilt milk.(こぼれたミルクを嘆いても仕方ない)も同じ教訓を持ち、文化を超えて普遍的な真理として認識されてきた。日本では『済んだことを悔やむな』という実用的な教訓として日常的に引用される。
用例
- “言ってしまった一言は取り消せない。覆水盆に返らずで、謝るしかなかった。”
- “会社を辞めてから後悔しても覆水盆に返らず。今の状況でベストを尽くすしかない。”
- “関係が壊れてしまってからでは遅い。覆水盆に返らずという言葉をいつも意識している。”
- “投資に失った資金を嘆いても覆水盆に返らず。次の判断を冷静に下す方が建設的だ。”
- “締め切りを過ぎたプロジェクト。覆水盆に返らずと割り切って次に活かすことにした。”
類義の故事成語
対義の故事成語
英語訳
It is no use crying over spilt milk. What is done cannot be undone.
使うシーン
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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