馬の耳に念仏
うまのみみにねんぶつ
ことわざの意味
いくら意見や忠告をしても、まったく効き目がないこと。聞く耳を持たない相手への徒労を表す。何度説明や説得を試みても全く届かない状況を指す。仏教で有難い言葉とされる「念仏」でさえ馬には届かないことから、どれほど誠実な言葉も理解しようとしない相手には無意味だという含意がある。繰り返し指摘しても改善が見られない場面でよく使われる。
言葉の由来
『ことわざを知る辞典』によれば、この形は最初からあったものではない。もとの言い方は「馬に念仏」で、そこへ江戸中期、当時すでに世に通っていた「馬の耳に風」が重なって今の形になり、日本にしかない言い回しとして根づいていった——ただし辞典自身、ここは推定だと断っている。その「馬の耳に風」のもとが漢語の「馬耳東風」である。コトバンクの「馬耳東風」の項によれば、これは李白の詩「答王十二寒夜独酌有懐」に由来する。世の人は詩の良さを解さない、まるで「東風の馬耳を射るがごとし」だ——春風が馬の耳を吹き過ぎるだけで何も届かない——という一節である。東風が春風を指すのは、中国の五行説で東の方角が春に当たるからだという。つまりこのことわざは、ありがたい念仏を馬に聞かせる図と、春風が馬の耳を吹き抜ける漢詩の図が重なってできている。ことわざを知る辞典が並べる同趣の言い方は「牛に経文」「犬に論語」「猫に経」。用例は吉田茂『大磯随想』(1962年)、紀田順一郎『第三閲覧室』(2003年)などが挙がる。
使い方の例
- “何度説明しても聞いてくれない。馬の耳に念仏だ。”
- “親がいくら忠告しても、馬の耳に念仏で全く聞かない。”
- “この問題を繰り返し指摘しても、上司には馬の耳に念仏だ。”
- “改善提案を出し続けたが、経営陣には馬の耳に念仏だった。”
- “安全講習を何度開いても守らない社員がいる。馬の耳に念仏とはこのことだ。”
似たことわざ
対のことわざ
英語の表現
Like preaching to a horse; casting pearls before swine. Advice that falls on deaf ears, no matter how earnest.
使う場面
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「馬の耳に念仏」 — ことわざを知る辞典の語釈と、古くは「馬に念仏」といい江戸中期に「馬の耳に風」と一体化して日本独自の表現になったと推定する成立経路、類句「牛に経文」「犬に論語」「猫に経」、吉田茂『大磯随想』(1962年)ほかの用例の確認
- コトバンク「馬耳東風」 — 李白の詩「答王十二寒夜独酌有懐」の「世人之を聞けば皆頭を掉ふり、東風の馬耳を射るが如き有り」という出典句と、東風が春風で中国の五行説により東の方角が春に当たるという説明の確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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関連することわざ
馬耳東風
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