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今日のことわざ
古人の言葉に耳を傾ける
果報は寝て待て
かほうはねてまて
幸福は人の力だけでは思い通りにならないことが多い。できる手を尽くしたなら、あとは焦らず静かに時機を待つのがよいということ。「果報」は仏教語で、過去の行いがもたらす善果を意味する。努力を怠ることを許す言葉ではなく、やるべきことを終えた後の心の持ち方を説く。縁は人の都合に合わせては動かない、という静かな諦観が根底にある。
因果応報
いんがおうほう
善い行いには善い結果が、悪い行いには悪い結果が必ず訪れるということ。仏教の業(カルマ)の思想に基づき、原因と結果は必ず対応するという宇宙的な因果律を表す。日常会話では「悪いことをすれば罰が当たる」という意味で使われることが多い。転じて、悪い行いを戒めるだけでなく、日々の誠実な積み重ねが必ず報われるという積極的な意味でも使われる。因果の連鎖は単純に「罰が当たる」だけでなく、「善因善果」も同様に成立する。
登竜門
とうりゅうもん
ある分野で次の舞台へ進むための、よく知られた難関や入口のこと。難しい試験や選考であっても、通過後に活動の場や評価の機会が大きく開ける場合に「〜への登竜門」と言う。単に手続きが面倒、競争率が高いというだけの障害には使いにくい。たとえば新人賞が出版の機会につながる、代表選考が上の大会への道を開く、といった関係を表すのに向く。「登竜門とされる」「〜への登竜門」の形で、突破した人を過度に成功者扱いせず、これから挑戦する入口だと示せる。すでに専門家として認められた後の栄誉なら「到達点」や「勲章」のほうが近い。
完璧
かんぺき
欠点や不足がまったくなく、すべてが整っていること。傷一つない完全な状態を指す。仕上がり・出来栄え・実力などが申し分ない状態に使われる。「完璧なプレゼン」「完璧に仕上がった」のように日常語として広く定着しているが、もとは中国の外交術にまつわる故事から転じた語で、「宝玉を完全な形で返す」という意味が起源にある。
最近更新した言葉
内容を充実させた言葉から
人の褌で相撲を取る
ひとのふんどしですもうをとる
他人が用意した物・資金・アイデア・労力を利用し、自分の成果や利益にすること。特に、自分では相応の準備や負担をせず、手柄や利益だけを得ようとする不公平な態度を批判するときに使う。人に助けてもらうこと自体を責める語ではない。許可を得て協力し、貢献者を明記して負担と成果を分けるなら、この語で非難する場面とは言いにくい。ただし、形式上の許可があっても配分が不公平なら、文脈によっては当てはまる。「虎の威を借る狐」は他人の権威を後ろ盾にして威張ること、「付和雷同」は自分で考えず意見に従うことが中心である。
至れり尽くせり
いたれりつくせり
相手への配慮が隅々まで行き届き、足りない点が見当たらないこと。宿泊、接待、案内、支援などを褒めるときに使う。品物や設備が多いだけでなく、受け手に必要なことが不足なく整っている、という評価を含む。この辞典での使い分けでは、気づきにくい要望まで満たす働きを強く言うなら「痒い所に手が届く」、説明や応対の親切さに焦点を置くなら「懇切丁寧」が近い。豪華さだけを理由に使うと、配慮という中心がぼやける。表記は「至れり尽くせり」であり、「至り尽くせり」ではない。
付和雷同
ふわらいどう
自分自身の考えや判断を持たないまま、他人の説や多数派の意見へ安易に同調すること。誰かと同じ結論になっただけでは、この語には当たらない。根拠を自分で確かめず、周囲の勢いや立場に合わせて賛成するところに批判の意味がある。この辞典での使い分けの目安は、会議で考えた末に意見が一致したなら「賛同」、人間関係や環境の影響で考え方そのものが変わったなら「朱に交われば赤くなる」、その場で人の尻について軽率に行動したなら「尻馬に乗る」である。「多数派に付いたか」ではなく、「自分の判断を置き去りにしたか」を確かめて使いたい。
目くじらを立てる
めくじらをたてる
人の欠点や小さな誤りを探し出し、わずかな事を取り立てて強く非難すること。単に誤りを指摘したり、厳しく注意したりすること全部を指すのではない。この辞典での使い分けの目安としては、安全、金額、結論を左右する誤りを具体的に直すのは必要な訂正である。誤りの小ささに比べて、相手を責めることや粗を探すことが前へ出たときに、この慣用句が合う。言葉尻を攻めるなら「揚げ足を取る」、怒った目つきそのものなら「目を三角にする」が近い。誰かの抗議を「目くじら」と呼ぶ側にも、問題を小さく見せる働きがある。何が些細なのかを確かめて使いたい。
切磋琢磨
せっさたくま
学問、技術、人格などを、手を抜かず丁寧に磨き上げること。また、同じ目標を持つ人どうしが、互いの学びや仕事を見せ合い、励ましや批評、ほどよい競争を通じて高め合うこと。仲良く協力するだけではなく、より良いものへ磨き上げる緊張感を含む。一人の努力についても使えるが、仲間との往復を強く表したいときは「切磋琢磨し合う」とすると伝わりやすい。勝敗だけを争うなら「しのぎを削る」、一人で専門性を深めることを端的に言うなら「研鑽を積む」が近い。同期、部活動の仲間、共同研究の仲間のように、近い立場で学び合う関係に置くと、互いに高め合う意味がよく出る。
揚げ足を取る
あげあしをとる
相手の言い間違い、言葉尻、表現上の小さな不備だけを取り上げ、主張の筋とは別の所で責めたりからかったりすること。否定的な評価を伴う慣用句で、相手の誤りを正確に直すことすべてを指すわけではない。たとえば数字の桁違いが結論を変えるなら、それは必要な訂正であって「揚げ足を取る」ではない。論点に関わらない一語だけを何度も責め、相手を言い負かすことが目的になったときに使う。会議や文章の検討では、「表現より結論の根拠を確認しよう」と本筋へ戻す言い方を選ぶと、揚げ足取りになりにくい。
杞憂
きゆう
心配する必要がないと判断できることを、あれこれ心配する取り越し苦労のこと。中心にあるのは、単に不安を感じることではなく、心配の根拠が乏しいか、心配する理由がなかったと分かることである。だから、まだ安全確認が済んでいない事柄や、備えを要する具体的な危険を、根拠を確かめずに「杞憂」と片付けるのは合わない。事態が落ち着いた後には、「杞憂に終わった」「心配は杞憂だった」と振り返る形でもよく使う。日常の軽い心配なら「取り越し苦労」、起こる可能性を慎重に述べるなら「懸念」と使い分けたい。人の心配を一言で退けるより、何が確認できたら安心できるかを確かめるほうが、この語の重さを誤らない。
登竜門
とうりゅうもん
ある分野で次の舞台へ進むための、よく知られた難関や入口のこと。難しい試験や選考であっても、通過後に活動の場や評価の機会が大きく開ける場合に「〜への登竜門」と言う。単に手続きが面倒、競争率が高いというだけの障害には使いにくい。たとえば新人賞が出版の機会につながる、代表選考が上の大会への道を開く、といった関係を表すのに向く。「登竜門とされる」「〜への登竜門」の形で、突破した人を過度に成功者扱いせず、これから挑戦する入口だと示せる。すでに専門家として認められた後の栄誉なら「到達点」や「勲章」のほうが近い。
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