切磋琢磨
せっさたくま
故事成語の意味
学問、技術、人格などを、手を抜かず丁寧に磨き上げること。また、同じ目標を持つ人どうしが、互いの学びや仕事を見せ合い、励ましや批評、ほどよい競争を通じて高め合うこと。仲良く協力するだけではなく、より良いものへ磨き上げる緊張感を含む。一人の努力についても使えるが、仲間との往復を強く表したいときは「切磋琢磨し合う」とすると伝わりやすい。勝敗だけを争うなら「しのぎを削る」、一人で専門性を深めることを端的に言うなら「研鑽を積む」が近い。同期、部活動の仲間、共同研究の仲間のように、近い立場で学び合う関係に置くと、互いに高め合う意味がよく出る。
故事の由来
『詩経』衛風「淇奥」に「如切如磋、如琢如磨」(切るが如く磋するが如く、琢つが如く磨くが如く)の句があり、毛詩序はこの詩を衛の武公の徳をたたえたものと説明する。四字熟語はこの句を縮めた形である。切・磋・琢・磨は、もとは素材を加工する言葉だった。『爾雅』釈器は「骨は之を切と謂い、象は之を磋と謂い、玉は之を琢と謂い、石は之を磨と謂う」と分け、郭璞の注はいずれも器に仕上げる工程の名だとする。硬い材に手を入れて形を整えるという手ざわりが、もとにある。『論語』学而篇の第十五章では、子貢が「貧しくして諂うことなく、富みて驕ることなきは如何」と問い、孔子が「貧しくして楽しみ、富みて礼を好む者には及ばない」と答える。それを受けて子貢がこの詩句を引き、「其れ斯れの謂いか」と応じた。すでに良いものに、さらに手を入れて磨く——学ぶ姿勢をそう読んだわけである。日本語では、一人で学びを深めることにも、仲間との往復で互いを磨くことにも使われてきた。
用例
- “同じ資格を目指す仲間と問題を出し合い、切磋琢磨した。”
- “研究室では仮説を率直に批評し合うことが、学生どうしの切磋琢磨になっている。”
- “同期と切磋琢磨してきた経験が、苦手な発表を改善する助けになった。”
- “互いの作品を読み合い、切磋琢磨できる編集仲間を得た。”
- “一人で専門性を深める場面では、「研鑽を積む」と言い換えると努力の焦点が明瞭になる。”
類義の故事成語
対義の故事成語
英語訳
To refine oneself through diligent effort or mutual encouragement and challenge.
使うシーン
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- Chinese Text Project『詩経』「衛風・淇奥」 — 「如切如磋、如琢如磨」の原文確認
- コトバンク「切磋琢磨」 — 現代語の語義と用例の確認
- Wikisource『詩経』衛風「淇奥」 — 第一章の「如切如磋、如琢如磨」の原文と、毛詩序が衛の武公の徳をたたえた詩と説明していることの確認
- Wikisource『論語』学而第一 — 第十五章で子貢が「貧而無諂、富而無驕」を問い、「如切如磋、如琢如磨」を引く問答の確認
- Wikisource『爾雅註疏』巻五 — 「骨謂之切、象謂之磋、玉謂之琢、石謂之磨」と、郭璞注が六者を器に仕上げる工程の名とすることの確認
用法を考える際に参照した読者の疑問
ここは言葉を選ぶ人の迷いを知るための資料で、語義そのものの根拠にはしていません。
- Yahoo!知恵袋「『切磋』と『琢磨』の意味を尋ねる質問」 — 一人の研鑽と仲間との研鑽を区別したい視点(語義の根拠にはしていません)
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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