孟母三遷
もうぼさんせん
故事成語の意味
子どもの教育にとって、住む環境や学ぶ場所が人格形成に大きな影響を与えるということ。良い環境に身を置くことの重要性を説く故事から来た表現で、転居・学校選び・交友関係など「環境を選ぶ」という親の判断の意義を表す際に引用される。「孟母の教え」とも呼ばれ、子育てと教育は環境から始まるという普遍的な知恵を今に伝える。
故事の由来
中国・前漢時代に劉向(りゅうきょう)が編纂した『列女伝』(れつじょでん)に記された孟子の母の逸話に由来する。孟子(もうし、紀元前372〜289年頃)は儒教の亜聖と称される思想家で、その聡明さは母親の教育方針によるところが大きいとされる。孟子が幼いころ一家は墓地の近くに住んでいた。幼い孟子は墓守や葬儀の真似事をして遊ぶようになり、母は「ここは子を育てる場所ではない」と言って引っ越した。次に市場近くに転居したが、今度は孟子が商売人の真似をして呼び込みの物まねをするようになった。再び「ここも違う」と引っ越し、今度は学校(書院)の近くに住むと、孟子は礼儀作法や祭礼の所作を真似るようになった。母はようやく「こここそ子を育てるにふさわしい場所だ」と定住した。この逸話は「孟母三遷」として中国・日本で教育の重要性を語る際の代表的な故事となっている。
用例
- “良い学校区に引っ越した。孟母三遷ではないが、環境は子どもに影響すると信じている。”
- “孟母三遷の教えに倣い、会社も従業員が成長できる環境づくりを大切にしている。”
- “友人に引きずられて成績が下がりそうだと気づき、孟母三遷の故事が頭をよぎった。”
- “地元の進学環境が乏しいため孟母三遷を決意して都市部に移住した家族もいる。”
- “孟母三遷の精神は現代の教育論にも通じる普遍的な知恵だ。”
類義の故事成語
対義の故事成語
英語訳
The importance of environment in education; choosing the right surroundings shapes a child's character.
使うシーン
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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