弘法にも筆の誤り
こうぼうにもふでのあやまり
ことわざの意味
どんな名人や達人でも、時には失敗することがあるということ。
言葉の由来
弘法大師(空海)ほどの書の名人でも、筆を誤ることがあるという故事から。応天門の額を書いた際に「応」の字の点を一つ打ち忘れたという逸話。
使い方の例
- “弘法にも筆の誤りというから、ミスをしても落ち込まないで。”
似たことわざ
英語の表現
Even the best make mistakes.
使う場面
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
関連することわざ
弘法筆を選ばず
こうぼうふでをえらばず
本当に技量のある人は道具の良し悪しを問わないということ。
猿も木から落ちる
さるもきからおちる
その道に優れた者でも、時には失敗することがあるということ。木登りを本業とする猿でさえ木から落ちることがあるように、専門家・名人・熟練者でも例外なくミスをする。他者の失敗を責めない戒めとして使われるほか、ミスをした自分や身近な誰かを慰める言葉としても用いられる。完璧を過度に求めることへの戒めともなる。
河童の川流れ
かっぱのかわながれ
水泳の達人とされる河童ですら川に流されることがあるように、どれほど熟練した名人や達人と呼ばれる人でも、油断や不注意によって思わぬ失敗を犯すことがある。得意分野であるほど慢心しやすく、その油断こそが失敗を招く。この表現は失敗に対する戒めとして使われるとともに、失敗した相手を責めずに慰める場面でも用いられる。
覆水盆に返らず
ふくすいぼんにかえらず
器からこぼれた水は二度とその器に戻せないように、一度起きてしまったことはどれほど悔やんでも元の状態に戻すことができないということ。過去の失言・別れ・失敗・壊れた信頼関係など取り返しのつかない事態に対して用いられる。後悔への戒めとして機能するとともに、過去に縛られず前を向くことを促す含意も持つ表現である。
画竜点睛
がりょうてんせい
物事を仕上げるための最後のひとつ、それがなければ全体が完成しないという決定的な仕上げの一手を指す。龍の絵に瞳を入れた途端に本物の龍が飛び去ったという中国の故事に由来する四字熟語。作品・文章・発表などにおいて全体を生き生きとさせる核心部分、あるいはそれを加える行為を言う。「画竜点睛を欠く」の形で、詰めが甘く完成に至らないことを指す用例も多い。
殷鑑遠からず
いんかんとおからず
他人の失敗は自分への戒めとなる。手本とすべき悪い前例は身近なところにあるということ。
蛇足
だそく
本来不要なのに余計な付け足しをすること。なくても一向に支障がないのに加えてしまった余分なもの、あるいはその行為を指す。文章・発言・工程設計など、蛇に足を描くことでかえって完成度や本来の価値を損なう場面に広く使われる。余分を削ることで本来の輝きが戻るという逆説的な教訓を示す言葉でもあり、補足に「蛇足ながら」と断る慣用表現としても広く定着している。
他山の石
たざんのいし
他の山から採れたつまらない石でも、玉を磨くのに役立てることができる。転じて、他人の過ちや欠点も自分の修養・向上の参考になるということ。悪い例からも学べるという教えで、他人の失敗を反面教師とする姿勢を表す。ただし本来の意味は「他人の言動や意見を自分の向上に役立てる」という中立的なものでもある。自分の向上に役立てるという中立的なニュアンスも持ち、反面教師よりもやや広い文脈で使える語。