弘法にも筆の誤り
こうぼうにもふでのあやまり
ことわざの意味
どれほど熟練した人、経験を積んだ人でも、ときには書き損じや判断ミスをするということ。優れた相手の小さな失敗を必要以上に責めないときや、自分の失敗を認めて立て直すときに使う。失敗を免罪するための言葉ではなく、名人でも誤るなら、確認と修正を怠らないという含みがある。大きな損害や繰り返した不注意を軽く扱う場面には向かない。
言葉の由来
弘法は、嵯峨天皇・橘逸勢とともに三筆に数えられる弘法大師・空海(774〜835年)を指す。背景にあるのは応天門の額の逸話である。小学館『日本古典文学全集』所収の『今昔物語集』巻十一第九話は、額を打ち付けた後で見ると「応」の字の点が落ちていた(本文は「初ノ字ノ点既ニ落失タリ」)と語り、空海が筆を投げて点を補ったと続ける。つまりこの逸話は、書き損じの話としては語られていない。現代語訳には点を書き忘れたと訳すものもあるが、原文の語り方とは食い違う。『ことわざを知る辞典』も、点は剥がれ落ちたか、わざと抜かされたものとされてきたとする。あわせて、下から筆を投げつけて点を打った伝説として紹介し、「点を補った空海の超能力が強調されていました」と説明する。ことわざとしての用例はずっと新しく、精選版日本国語大辞典が初出に挙げるのは滑稽本『笑註烈子』(1782年)である。同じ『ことわざを知る辞典』は、弘法の名と筆の誤りとが結び付くまでに「九百年の歳月を要した」とも述べている。似た形の「弘法筆を選ばず」は、名人は道具の良し悪しを問わない、という意味の別のことわざである。
使い方の例
- “校正の名人でも数字を一つ見落とした。弘法にも筆の誤りということだ。”
- “ベテランの料理人が塩を入れ忘れたが、弘法にも筆の誤りと皆で落ち着いて直した。”
- “私の説明にも誤りがありました。弘法にも筆の誤りでは済ませず、資料を訂正します。”
- “いつも正確な担当者のミスでも、弘法にも筆の誤りで片づけず原因を確かめた。”
- “専門家の意見でも、弘法にも筆の誤りを忘れず、根拠を確認する姿勢は必要だ。”
似たことわざ
対のことわざ
英語の表現
Even the best make mistakes.
使う場面
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「弘法にも筆の誤り」 — ことわざを知る辞典の解説(空海 774-835・三筆、応天門の扁額の伝説、伝説では筆の誤りとは認識されず点が剥落したとされること、初出が江戸中期で伝説との間に九百年の隔たりがあること、Even Homer sometimes nods)と、精選版日本国語大辞典の初出実例 滑稽本『笑註烈子』(1782)の確認
- レファレンス協同データベース「弘法にも筆の誤り/何の字を間違ったのか」(北九州市立中央図書館) — 小学館『日本古典文学全集21 今昔物語集1』110〜111頁から「亦、応天門ノ額打付テ後、是ヲ見ルニ、初ノ字ノ点既ニ落失タリ」を引き、当該話が巻十一第九話「弘法大師渡宋(唐)伝真言教帰来語第九」であることを図書館が確認した事例
- やたがらすナビ「攷証今昔物語集」巻11第9話 — 巻十一第九話の原文で「初の字の点既に落失たり」を独立に確認
- 今昔物語集 現代語訳「巻十一第九話②」 — 巻十一第九話の中に応天門の額の場面が含まれることの確認。ただしこの訳は「点をひとつ書き忘れています」とし、原文の「点既ニ落失タリ」と食い違うため、本文は原文の側に従った
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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関連することわざ
弘法筆を選ばず
こうぼうふでをえらばず
本当に技量のある人は道具の良し悪しを問わないということ。
猿も木から落ちる
さるもきからおちる
その道に優れた者でも、時には失敗することがあるということ。木登りを本業とする猿でさえ木から落ちることがあるように、専門家・名人・熟練者でも例外なくミスをする。他者の失敗を責めない戒めとして使われるほか、ミスをした自分や身近な誰かを慰める言葉としても用いられる。完璧を過度に求めることへの戒めともなる。
河童の川流れ
かっぱのかわながれ
水泳の達人とされる河童ですら川に流されることがあるように、どれほど熟練した名人や達人と呼ばれる人でも、油断や不注意によって思わぬ失敗を犯すことがある。得意分野であるほど慢心しやすく、その油断こそが失敗を招く。この表現は失敗に対する戒めとして使われるとともに、失敗した相手を責めずに慰める場面でも用いられる。
推敲
すいこう
詩文や文章を何度も練り直し、一語一語を吟味しながら最良の表現を追求すること。「推す」か「敲く」かという二語の選択に苦悩した詩人の故事から生まれた言葉で、今日では文章全般の校正・リライト・表現の磨き上げを広く指す。賈島と韓愈の故事が示すように、言葉一語への真摯な向き合い方は書くことへの誠実な姿勢そのものを体現する行為でもある。
急いては事を仕損じる
いそいではことをしそんじる
何事も焦って急ぐと失敗しやすいということ。急ぎすぎると注意力が散漫になり、手順を飛ばしたり確認を怠ったりして、かえって手直しや取り返しに時間がかかってしまう。「急いては」は「急いで行動すれば」という仮定の表現、「仕損じる」は「やり損ねる・失敗する」の意。物事に落ち着いて取り組むことの大切さを説く、日本の代表的なことわざのひとつ。
口は災いの元
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揚げ足を取る
あげあしをとる
相手の言い間違い、言葉尻、表現上の小さな不備だけを取り上げ、主張の筋とは別の所で責めたりからかったりすること。否定的な評価を伴う慣用句で、相手の誤りを正確に直すことすべてを指すわけではない。たとえば数字の桁違いが結論を変えるなら、それは必要な訂正であって「揚げ足を取る」ではない。論点に関わらない一語だけを何度も責め、相手を言い負かすことが目的になったときに使う。会議や文章の検討では、「表現より結論の根拠を確認しよう」と本筋へ戻す言い方を選ぶと、揚げ足取りになりにくい。
七転び八起き
ななころびやおき
何度失敗してもその都度立ち上がって努力すること。転んでも転んでも起き上がる不屈の精神を表す。失敗や挫折を繰り返しながらも諦めずに前進し続ける姿勢を称える表現。挫折した人を励ます言葉、あるいは自分自身の意志を確かめる言葉として使われる。「七転八起(しちてんはっき)」とも書き、だるまの起き上がり小法師がこの精神を象徴する。