弘法筆を選ばず
こうぼうふでをえらばず
ことわざの意味
本当に技量のある人は道具の良し悪しを問わないということ。
言葉の由来
弘法大師(空海)は書の達人であり、どんな筆でも見事に書いたとされることから。
使い方の例
- “一流の料理人は弘法筆を選ばずで、どんな食材でも美味しく仕上げる。”
対のことわざ
英語の表現
A good workman does not blame his tools.
使う場面
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
言葉の使い方をもっと磨きたい方へ
PR性格統計学にもとづき、伝え方・褒め方・関わり方を体系的に学べる検定講座。人間関係の悩みの解消に。
誤字脱字・表記揺れ・不自然な言い回しをAIがチェックし、伝わる文章に整えるクラウド校正ツール。
※ このボックスのリンクにはアフィリエイト広告が含まれます
ことわざをもっと調べたい方へ
PR※ このボックスのリンクにはアフィリエイト広告が含まれます
関連することわざ
弘法にも筆の誤り
こうぼうにもふでのあやまり
どれほど熟練した人、経験を積んだ人でも、ときには書き損じや判断ミスをするということ。優れた相手の小さな失敗を必要以上に責めないときや、自分の失敗を認めて立て直すときに使う。失敗を免罪するための言葉ではなく、名人でも誤るなら、確認と修正を怠らないという含みがある。大きな損害や繰り返した不注意を軽く扱う場面には向かない。
推敲
すいこう
詩文や文章を何度も練り直し、一語一語を吟味しながら最良の表現を追求すること。「推す」か「敲く」かという二語の選択に苦悩した詩人の故事から生まれた言葉で、今日では文章全般の校正・リライト・表現の磨き上げを広く指す。賈島と韓愈の故事が示すように、言葉一語への真摯な向き合い方は書くことへの誠実な姿勢そのものを体現する行為でもある。
猿も木から落ちる
さるもきからおちる
その道に優れた者でも、時には失敗することがあるということ。木登りを本業とする猿でさえ木から落ちることがあるように、専門家・名人・熟練者でも例外なくミスをする。他者の失敗を責めない戒めとして使われるほか、ミスをした自分や身近な誰かを慰める言葉としても用いられる。完璧を過度に求めることへの戒めともなる。
不言実行
ふげんじっこう
言葉で言わずに黙って実行すること。日本の伝統的な美徳の一つで、口先だけで何も行動しない人間より、黙って実際に動く人間を評価する価値観を表す。武士道・禅の精神とも関連し、「有言実行」と対をなす言葉。不言実行とは対照的な「有言実行」と対で語られることが多く、日本の職人や武士が体現してきた「言葉より行動」という価値観の根幹を表している。現代でも口先だけの人物への批判文脈で頻用される。
継続は力なり
けいぞくはちからなり
何事も根気強く続けることで、やがて大きな力や成果が生まれるということ。小さな努力も積み重なれば無視できない力になり、継続すること自体が能力を育てる。才能の有無にかかわらず、諦めずに続ける姿勢こそが実力の土台になるという意味を含む。大正時代の浄土宗僧侶・住岡夜晃の詩に由来するとされ、宗教的には人格形成と精進の意味合いも持つ。
大器晩成
たいきばんせい
本当に大きな才能や人物は、早くに頭角を現すよりもじっくり時間をかけて大成するということ。老子の哲学に基づく言葉で、若いうちから目立たなくても将来的に大きく花開く可能性を示す。早熟な才能より時間をかけて育つ大きな器の価値を説く。「若い頃は目立たなくていい」という励ましの意味で使われることが多く、早期に結果を求める現代社会への静かな反論としての意味合いも持つ。
言わぬが花
いわぬがはな
すべてを言葉にして伝えるよりも、あえて口にしない方が奥ゆかしさや趣があり、相手への配慮にもなるということ。知っていても言わない、感じていても表に出さない——その沈黙の中にこそ言葉を超えた余韻と品格があるという日本的な感覚を表す。能楽の「秘すれば花なり」の美意識にも通じる表現で、情報の全開示が必ずしも最善ではないという含意も持つ。
河童の川流れ
かっぱのかわながれ
水泳の達人とされる河童ですら川に流されることがあるように、どれほど熟練した名人や達人と呼ばれる人でも、油断や不注意によって思わぬ失敗を犯すことがある。得意分野であるほど慢心しやすく、その油断こそが失敗を招く。この表現は失敗に対する戒めとして使われるとともに、失敗した相手を責めずに慰める場面でも用いられる。