因果応報
いんがおうほう
四字熟語の意味
善い行いには善い結果が、悪い行いには悪い結果が必ず訪れるということ。仏教の業(カルマ)の思想に基づき、原因と結果は必ず対応するという宇宙的な因果律を表す。日常会話では「悪いことをすれば罰が当たる」という意味で使われることが多い。転じて、悪い行いを戒めるだけでなく、日々の誠実な積み重ねが必ず報われるという積極的な意味でも使われる。因果の連鎖は単純に「罰が当たる」だけでなく、「善因善果」も同様に成立する。
由来・語源
仏教語。梵語のカルマ(karma、業)の思想に基づく。仏教では、すべての行為(業)には必ず相応の結果(報)が生じると説く。これをサンスクリット語では「因果業報」と表し、中国に仏教が伝わった際に「因果応報」として漢訳された。日本には仏教とともに飛鳥・奈良時代(6〜8世紀)に伝わった。もとは前世・来世も含めた輪廻転生のなかで業が応報するという仏教的世界観を表す語だったが、日本では次第に現世における因果応報の意味が強くなり、特に悪因悪果(悪いことをすれば悪い報いがある)という意味で使われることが増えた。現代では特定の宗教的背景を離れ、「自業自得」「身から出た錆」に近い意味合いで使われる。業の思想は現代倫理・道徳観の根底にあり、宗教を超えて広く受け入れられた普遍的な因果観となっている。
用例
- “長年のずさんな管理が今回の事故につながったのは因果応報だ。”
- “因果応報というが、人を傷つけたツケはいつか自分に返ってくる。”
- “彼が誠実に働き続けた結果が今の成功に結びついたのは、まさに因果応報といえる。”
- “因果応報を信じて、日頃から正直に行動するよう心がけている。”
- “長年の努力が実を結んだ。因果応報は悪いことだけに当てはまるわけではない。”
類義の四字熟語
対義の四字熟語
英語訳
"What goes around, comes around." / "You reap what you sow."
使うシーン
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 三省堂編修所 編『新明解四字熟語辞典 第二版』三省堂, 2020年
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自業自得
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ぜんはいそげ
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