泰山鴻毛
たいざんこうもう
故事成語の意味
死の重さには大きな違いがあるということ。国家や正義のために死ぬのは泰山より重く、無駄に死ぬのは鴻毛(ガンの羽毛)より軽いという考えを表す。
故事の由来
中国の『史記』報任少卿書に由来する。司馬遷が「人固有一死、或重於泰山、或軽於鴻毛(人はいつか必ず死ぬが、その死は泰山より重いこともあれば、鴻毛より軽いこともある)」と記した言葉から。司馬遷は宮刑を受けながらも『史記』を完成させるために生き続けた苦衷を語った文章の中でこの言葉を用いた。
用例
- “泰山鴻毛という言葉通り、何のために命を懸けるかが問われる。”
- “無意味な争いで命を失うのは泰山鴻毛の鴻毛に過ぎない。”
- “泰山鴻毛の精神で、自分の使命に命をかける覚悟を持つ。”
類義の故事成語
英語訳
Death can be heavier than Mount Tai or lighter than a feather
使うシーン
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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