背水の陣
はいすいのじん
故事成語の意味
退路を断ち、後がない状況で全力を尽くすこと。川や海を背に陣を構え、逃げ場をなくすことで兵士を死力で戦わせた中国の軍事戦術が起源。「後がない状況に追い込まれた」という受動的な意味と、「自ら退路を閉じて覚悟を固めた」という能動的な意味の両面を持つ。単なる窮地の描写にとどまらず、決意の表明としても広く使われる。
故事の由来
前漢の歴史書「史記」淮陰侯列伝(司馬遷著、紀元前94年頃)に記された故事に由来する。前204年、楚漢戦争の最中、漢の将軍・韓信は井陘(せいけい)の戦いで趙の大軍(二十万とも)と対峙した。韓信はわざと川(泜水)を背に陣を敷くという、兵法の定石に反する布陣を取った。退路を断たれた兵士たちは死に物狂いで戦い、その間に別動隊が趙の本営を奇襲して漢の旗を立てた。挟撃に気づいた趙軍は崩壊した。戦後、将兵が「兵法書には水を前方に置けとある」と問うと、韓信は「兵法にも死地に陥れてこそ活路が生まれるとある。訓練のない兵を使うには逃げ道をなくすしかなかった」と答えた。退路があれば人はそこへ逃げる。背水の陣はその選択肢を封じることで、恐怖を攻撃エネルギーに変換する心理戦術でもある。
用例
- “倒産寸前の会社は背水の陣で新製品開発に賭けた。”
- “試験前日、背水の陣で徹夜の勉強をした。”
- “交渉の最終局面、背水の陣で最後の提案を行った。”
- “安定した職を辞し、背水の陣で起業の道に踏み出した。”
- “背水の陣を敷いてこそ、人間は本来の力を出せるのかもしれない。”
類義の故事成語
対義の故事成語
英語訳
Fight with one's back to the wall; burn one's bridges. The original refers not just to desperate circumstances but to Han Xin's deliberate strategy of eliminating retreat to maximize fighting spirit.
使うシーン
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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