急いては事を仕損じる
いそいではことをしそんじる
ことわざの意味
何事も焦って急ぐと失敗しやすいということ。急ぎすぎると注意力が散漫になり、手順を飛ばしたり確認を怠ったりして、かえって手直しや取り返しに時間がかかってしまう。「急いては」は「急いで行動すれば」という仮定の表現、「仕損じる」は「やり損ねる・失敗する」の意。物事に落ち着いて取り組むことの大切さを説く、日本の代表的なことわざのひとつ。
言葉の由来
特定の中国古典を出典とするのではなく、日本語のことわざとして成立したと考えられている。ただし中国の古典『論語』(子路篇)に「欲速則不達」(速からんと欲すれば則ち達せず)という言葉があり、「急ぎすぎると目的に達しない」という考え方は古くから東アジアの思想に根づいていた。 日本では江戸時代の「いろはかるた」の「い」の札として広く普及した。いろはかるたは江戸・上方などで地域ごとに異なるバリエーションがあり、「急いては事を仕損じる」は江戸版の「い」の代表句として定着している。「仕損じる(しそんじる)」は、物事を行う意の接頭語「仕(し)」と「損じる(損なう・だめにする)」が合わさった語で、江戸時代の文語表現を今に伝えている。 似た意味のことわざとの使い分けは次の通り。「急がば回れ」は室町時代の連歌師・宗長の和歌「もののふの矢橋の船は速くとも 急がば回れ瀬田の長橋」に由来し、危険な近道より安全な迂回路を選べという「方法選択」の教訓。「急いては事を仕損じる」が急ぐことで「作業の質が落ちる」という実行上の問題を指すのに対し、「急がば回れ」は「どの経路・方法を選ぶか」の問題を指す。「慌てる乞食はもらいが少ない」は、焦った態度が他者の印象を悪くするという対人関係の側面を指す。
使い方の例
- “急いては事を仕損じるというから、もう一度確認してから提出しよう。”
- “焦って問題を解こうとして計算ミスを連発した。急いては事を仕損じるとはこのことだ。”
- “リリースを急いだ結果、重大なバグを見落とした。急いては事を仕損じる。”
- “急いては事を仕損じると言うが、かといって慎重すぎて何もできないのも問題だ。”
- “大切な契約書にサインする前は、急いては事を仕損じるの精神で全文を読み返した。”
似たことわざ
対のことわざ
英語の表現
Haste makes waste. More haste, less speed.
使う場面
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 尚学図書 編『故事ことわざ辞典』小学館, 2012年
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関連することわざ
急がば回れ
いそがばまわれ
急いで目的を達したいときほど、危険な近道ではなく、安全で確実な方法を選んだほうが、結局は早く着くというたとえ。遠回りそのものを勧める言葉ではなく、失敗ややり直しの大きい場面で、手順の確認や準備を省かないという判断を表す。締切が迫る仕事、慣れない道、重要な契約などで使いやすい。単に遅い行動を正当化する意味にはならない。
善は急げ
ぜんはいそげ
よいと思ったことは、ためらわずすぐに実行すべきだということ。
二兎を追う者は一兎をも得ず
にとをおうものはいっとをもえず
二つのことを同時にしようとすると、結局どちらも成功しないということ。
口は災いの元
くちはわざわいのもと
不用意な発言や軽はずみな言葉が、本人にとって予期せぬ災難や困難を引き起こす原因となることがある。言葉はひとたび口から出ると取り消すことができないため、発言には十分な注意が必要であるという教訓。怒りや感情的な状態での言葉、機密の漏洩、場をわきまえない一言に対する戒めであり、SNS全盛の現代においてこの教訓はより一層重みを増している。
猿も木から落ちる
さるもきからおちる
その道に優れた者でも、時には失敗することがあるということ。木登りを本業とする猿でさえ木から落ちることがあるように、専門家・名人・熟練者でも例外なくミスをする。他者の失敗を責めない戒めとして使われるほか、ミスをした自分や身近な誰かを慰める言葉としても用いられる。完璧を過度に求めることへの戒めともなる。
弘法にも筆の誤り
こうぼうにもふでのあやまり
どれほど熟練した人、経験を積んだ人でも、ときには書き損じや判断ミスをするということ。優れた相手の小さな失敗を必要以上に責めないときや、自分の失敗を認めて立て直すときに使う。失敗を免罪するための言葉ではなく、名人でも誤るなら、確認と修正を怠らないという含みがある。大きな損害や繰り返した不注意を軽く扱う場面には向かない。
杞憂
きゆう
心配する必要がないと判断できることを、あれこれ心配する取り越し苦労のこと。中心にあるのは、単に不安を感じることではなく、心配の根拠が乏しいか、心配する理由がなかったと分かることである。だから、まだ安全確認が済んでいない事柄や、備えを要する具体的な危険を、根拠を確かめずに「杞憂」と片付けるのは合わない。事態が落ち着いた後には、「杞憂に終わった」「心配は杞憂だった」と振り返る形でもよく使う。日常の軽い心配なら「取り越し苦労」、起こる可能性を慎重に述べるなら「懸念」と使い分けたい。人の心配を一言で退けるより、何が確認できたら安心できるかを確かめるほうが、この語の重さを誤らない。
犬も歩けば棒に当たる
いぬもあるけばぼうにあたる
何かをしていれば思わぬ幸運に出会うこともある、ということ。また、出しゃばると災難に遭うという意味もある。