一視同仁
いっしどうじん
四字熟語の意味
すべての人を平等に見て、分け隔てなく同じように慈しむこと。
由来・語源
韓愈「原人」に由来。「一視」はひとしく見ること、「同仁」は同じように仁愛を施すこと。
用例
- “上司として一視同仁の態度で部下に接するべきだ。”
対義の四字熟語
英語訳
Treating everyone equally
使うシーン
参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 三省堂編修所 編『新明解四字熟語辞典 第二版』三省堂, 2020年
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付和雷同
ふわらいどう
自分自身の考えや判断を持たないまま、他人の説や多数派の意見へ安易に同調すること。誰かと同じ結論になっただけでは、この語には当たらない。根拠を自分で確かめず、周囲の勢いや立場に合わせて賛成するところに批判の意味がある。この辞典での使い分けの目安は、会議で考えた末に意見が一致したなら「賛同」、人間関係や環境の影響で考え方そのものが変わったなら「朱に交われば赤くなる」、その場で人の尻について軽率に行動したなら「尻馬に乗る」である。「多数派に付いたか」ではなく、「自分の判断を置き去りにしたか」を確かめて使いたい。
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目をつぶる
めをつぶる
見て見ぬふりをすること。欠点や過ちを大目に見ること。
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そのものが大好きで夢中であること。好きでたまらないこと。
五十歩百歩
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差はあっても本質的には同じであること。程度の違いがあっても、どちらも同じような欠点や問題を抱えており、本質的な差はないことを指す。一方が他方を批判しても「お互い様だ」と返せる状況に使う。自他を問わず「どっちも五十歩百歩だ」と言いたいときに使われ、批判や揶揄のニュアンスを含むことが多い。表面的な差異に意味がないと示したいときに有効な表現。
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