馬耳東風
ばじとうふう
四字熟語の意味
忠告や批評を受けても、聞き手が心に留めず受け流すこと。言った側の意図が届かず改まらない点は「馬の耳に念仏」と重なる。後者は助言が効かないという結果をいうのに対し、馬耳東風は聞く側が意見を軽く扱う態度に焦点を置く。ただし辞書も二語を類語に挙げるため、完全に別の語とは分けず、場面ごとに視点を選ぶ。忠告を受けた人が返答や行動を変えず、同じ態度を続けている場面で使いやすい。
由来・語源
李白作として伝わる詩『答王十二寒夜獨酌有懷』にある「世人聞此皆掉頭,有如東風射馬耳」に基づく。詩の中では、世間が詩の価値を認めない様子を、春風が馬の耳を射るようだとたとえる。コトバンクの辞書は題を「答王十二寒夜独有懐」と表記するが、本文を掲げる《全唐詩》巻178のページは蕭士贇が偽作と見たという注を添える。そのため作者を断定せず、「李白作として伝わる」と記す。
用例
- “上司が何度改善点を伝えても、彼は馬耳東風で次の会議にも遅刻した。”
- “市民の要望を馬耳東風に聞き流す行政では、信頼を保てない。”
- “彼は母の心配を馬耳東風と笑ったが、後になって言葉の意味を思い知った。”
- “講師の忠告を馬耳東風にして、受講者は同じ手順ミスを繰り返した。”
- “周囲の忠告を馬耳東風と聞き流していた彼も、大きな損をしてから人に相談するようになった。”
英語訳
Ignoring someone's advice or criticism without taking it to heart.
使うシーン
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「馬耳東風」 — デジタル大辞泉・精選版・四字熟語を知る辞典の語義、李白作として伝わる詩と出典句、類語を確認
- 漢字ペディア「馬耳東風」 — 読み・忠告や意見を聞き流す語義、「馬の耳に念仏」との類義表示を別辞書で確認
- コトバンク「馬の耳に念仏」 — 助言が効かないという語義、馬耳東風との類語関係、辞書が説明する表現の成立を確認
- ウィキソース『答王十二寒夜獨酌有懷』 — 《全唐詩》巻178にある詩題・本文・該当句と、蕭士贇が偽作と見た旨の注記を確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 三省堂編修所 編『新明解四字熟語辞典 第二版』三省堂, 2020年
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