諸行無常
しょぎょうむじょう
四字熟語の意味
「諸行無常」は、世の中の作られたものはすべて変化し、いつまでも同じ姿ではいられないという仏教の教え。「盛者必衰」は、勢いを得て栄えている人や一族にも、いつか衰える時が来るということ。前者は人も物も含む広い原則、後者は栄えている者の盛衰に焦点を絞る。人気や景気など物事全般の移り変わりを述べるなら「諸行無常」、繁栄した者の今の衰えを語るなら「盛者必衰」が合う。
由来・語源
「諸行無常」は仏教の三法印の一つで、「行」は作られたものを指すという辞書の説明がある。イミダスは『北本涅槃経』巻十四に偈「諸行無常、是生滅法」があると示し、コトバンク掲載の精選版も同巻を関連文献に挙げる。精選版日本国語大辞典は『三宝絵』(984)を早い用例として示し、『平家物語』冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」を引く。ここでいう「行」は条件によって生じたもの、「無常」はそれらが同じ姿で留まらず変化することを指す。平家の句はその教えを物語の栄枯盛衰に重ねた使用例として読める。精選版はこの語を仏語とする。コトバンク掲載の四字熟語を知る辞典も三法印の一つとして挙げ、世の中の現象に永久不変なものはないと説明する。
用例
- “長く続いた流行もいつか姿を変える。諸行無常とはいえ、次の動きを読むのは難しい。”
- “山門の古びた柱を見て、住職は諸行無常を思ったという。”
- “技術が進み、昨日の常識が通じなくなるのも諸行無常の一つだ。”
- “毎年咲く桜も同じ枝ぶりではない。諸行無常を感じながら今年の花を眺めた。”
- “町の景色も人の暮らしも移り変わる。その広い変化を諸行無常と呼ぶ。”
英語訳
The impermanence of all things; all things are transient.
使うシーン
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「諸行無常」 — 三法印、「行」の説明、涅槃経の偈・平家物語の引用、三宝絵の用例の確認
- イミダス「諸行無常」 — 北本涅槃経巻十四の偈、平家物語冒頭、四字熟語としての語義の確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 三省堂編修所 編『新明解四字熟語辞典 第二版』三省堂, 2020年
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盛者必衰
じょうしゃひっすい
「盛者必衰」は、勢いを得て栄えた人や一族にも、必ず衰える時が来るということ。勢いを失う経緯や原因より、かつての繁栄が永続しない道理に焦点を置く。「諸行無常」は人や物など一切のものが変化するという広い仏教の教えで、この語は盛んだった者の衰えを表す。物事全般の移り変わりを述べるなら「諸行無常」、栄華を誇った者の没落を言う場面なら「盛者必衰」が合う。
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