盛者必衰
じょうしゃひっすい
四字熟語の意味
「盛者必衰」は、勢いを得て栄えた人や一族にも、必ず衰える時が来るということ。勢いを失う経緯や原因より、かつての繁栄が永続しない道理に焦点を置く。「諸行無常」は人や物など一切のものが変化するという広い仏教の教えで、この語は盛んだった者の衰えを表す。物事全般の移り変わりを述べるなら「諸行無常」、栄華を誇った者の没落を言う場面なら「盛者必衰」が合う。
由来・語源
「盛者」は勢いが盛んな者、「必衰」は必ず衰えることを表す。仏教の無常観を人や一族の栄枯盛衰へ当てはめた言葉として、辞書は「この世の無常」を示すと説明する。精選版日本国語大辞典は高野本『平家物語』巻一(13世紀前半)にある「沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす」を早い実例として挙げ、精選版は『仁王経』も関連文献に挙げる。『平家物語』冒頭では、沙羅双樹の花色とともに、勢い盛んな者も衰える理が語られる。精選版は『妻鏡』(1300年頃か)の用例も載せるため、この物語だけが語の起点とは断定しない。読みは通常「じょうしゃひっすい」とし、後世に「しょうじゃひっすい」「しょうしゃひっすい」の形も現れたと精選版は記す。
用例
- “かつて一帯を治めた一族も、時を経て勢いを失った。盛者必衰を語る歴史の一幕だ。”
- “売上首位の会社が新しい競争相手に追われ、盛者必衰という言葉が浮かんだ。”
- “平家物語の冒頭は、盛者必衰の理を沙羅双樹の花に重ねて語る。”
- “長く続いた王朝が終わる場面に、記者は盛者必衰の四字を添えた。”
- “勝ち続けた選手が世代交代を迎える姿にも、盛者必衰の道理が表れている。”
英語訳
Those who flourish are destined to fall; prosperity is transient.
使うシーン
参考文献
このページで確認した資料
意味・由来の記述は、次の資料を照合して編集しています。
- コトバンク「盛者必衰」 — 語義・読み、高野本『平家物語』巻一の用例、異形の読み、関連文献の確認
- 漢字ペディア「盛者必衰」 — 読み、仏教の無常観、「生者必滅」との関係の確認
編集の基本参考文献
- 新村出 編『広辞苑 第七版』岩波書店, 2018年
- 松村明 編『大辞林 第四版』三省堂, 2019年
- 三省堂編修所 編『新明解四字熟語辞典 第二版』三省堂, 2020年
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「諸行無常」は、世の中の作られたものはすべて変化し、いつまでも同じ姿ではいられないという仏教の教え。「盛者必衰」は、勢いを得て栄えている人や一族にも、いつか衰える時が来るということ。前者は人も物も含む広い原則、後者は栄えている者の盛衰に焦点を絞る。人気や景気など物事全般の移り変わりを述べるなら「諸行無常」、繁栄した者の今の衰えを語るなら「盛者必衰」が合う。
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